酒が不味い

 不味いはちょっと言い過ぎか。あまり旨くない。好きで若い頃からいっぱい飲んできた。ビール/ビールテイスト、日本酒、焼酎、ワイン、スパークリングワイン/シャンパン/カバ、シェリー、ウイスキー、ブランデー、ジン、ウォッカ、etc etc。銘柄の好みはあるが、何でも美味しくいただいた。酔うのが好きなのだろう。酔うと気持ちいい。失敗も数え切れないが、一時控えるだけで、しばらくほとぼりを冷まして、また飲みだした。
 最近飲みたいと思わなくなった。変わり目は、はっきり分かる。あのときからだ。いまでも飲める。しかし飲んでも以前ほど美味しく思わない。飲めば酔う。しかし以前ほど気持ち良くならない。
 心の中で何かが壊れたようだ。具体的に表現することができない。何か、気持ちの入れ物のようなものがあって、それが壊れたようなイメージ。
 気持ちの入れ物に気持ちが貯まると、気持ち良くなる。饒舌になる。声が大きくなる。食べ物が旨い。酒が旨い。酔いが気持ちいい。
 他人にはそれが不愉快なこともあるのだろうか。気持ちの入れ物は、しばしばひっくり返された。いっしょに気持ち良くなってくれなくても、せめて放っておいてくれればいいのに。
 貯まっていた気持ちはこぼれて、失われて、悲しい気分になった。食べ物は不味い。酒も不味い。酔っても悲しい。
 ひっくり返されても、ひっくり返されても、また気持ちを貯めた。すぐには貯まらない。涙の滴が貯まっていくように、少しずつ貯まっていく。いつか貯まって気持ち良くなる。またひっくり返される。
 入れ物は傷だらけになった。穴も開いているようだ。気持ちが漏れて、貯まるまでにとても長くかかるようになった。でも諦めはしなかった。何度ひっくり返されても、傷だらけでも、漏れていても。
 入れ物は壊れてしまった。もう貯まらない。心は貯めようとしている。でも貯まらない。もう貯まらない。